あなたは憶えているかしら……
私たちが出会った、あの、暖かな春の日を――

はらはらと舞い落ちる花びらを追って、大きな瞳を忙しなく動かしていた――小さな子だった。

どんなお話をしよう……あなたと仲良くなれるかしら?
――私たちのこと、あなたはどんな風に呼んでくれるのかしら……?

「……坊や――あなたの、お名前は?」



「ひーちゃん?後ろの方たちは……あなたのお友達?」

視線の先では学生服姿の若者たちが、揃ってバツの悪そうな笑みを浮かべている。
どうやら皆、ひーちゃんと同じ真神の生徒さんのようなのだけれど……それにしてはひーちゃんの様子が変ね?

「はじめまして、緋勇くんのクラスメートの、美里葵と言います」

やがて長い黒髪の少女が、小さく頭を下げてこちらへとやって来た。
彼女──美里さんの挨拶をきっかけに後ろで小さくなっていた他の子たちが一斉に口を開く。

随分と賑やかなその様子に、少しびっくりもしたのだけれど……皆、とても良い子みたい。
そんな彼らに慕われているらしい我が子に、何やら誇らしいものを感じてしまうのは、単なる親の欲目なのかしらね。

「な、な、な……!」

ふと気が付くと、隣に立っていたひーちゃんが真っ赤な顔で言葉を詰まらせている。

「フッフッフッ……『何でここにいるのか』ですって?──このアン子ちゃんがスクープしたからに決まってるじゃない!」

眼鏡の少女がここぞとばかりに前へ出て来た。
確か彼女は、遠野さん──と言ったかしら?新聞部の部長さんらしい。

「い、い、い……!」
「何ですって?『今の会話を聞いていたのか』って?それはもちろん──」



「──聞いてたぜ~……”ひーちゃん”♪」
「……ッ!!!」

いつの間にこちらへ回りこんだのか、赤毛の少年がひーちゃんの顔を覗き込むようにして話し掛けていた。
親しげに肩へと回されたその腕を、当たり前のように受け入れたあの子──

私たちの知っているあの子は、何処か他人と深く関わることを避けているような所があった。
まるでそれを怖がっているような……

誰もを受け入れているように見えて、誰をも深く立ち入らせない──
あの子のそんな所を、私たちは少し寂しく、時にはがゆく思っていたのだけれど……

今の”龍麻”は、とても「自然体」でここにいるような気がした。



いつか彼は大人になり、やがて私たちの下を離れて行くでしょう。
その時、彼と共に在るのは私たちではなく……きっと、彼自身が選んだ大切な人たち──

「皆さん、あの子の事……よろしくお願いしますね」



あの日、あなたが教えてくれた”自分の名前”……
少し子供っぽいその呼び方では、その内呼ばせてもらえなくなるかもしれないわね。

許されるなら、まだ、今、この時だけは……

「ひーちゃん、皆さんと仲良くね」
「か、養母さんッ……!!」


我が家ではひーちゃんとご両親を引き合わせたのは鳴滝センセという捏造設定。
(初出:2007/04/18)